オーケストラと観客
2012年 01月 17日
先日、ニューヨークフィルのコンサートでiphoneのアラーム音が
演奏を中断させたという事件があった。
指揮はアラン・ギルバート、演目はマーラーの最高傑作とも言われる交響曲第9番。
その第4楽章の後半、非常にゆっくりとしたテンポで弦楽器だけの演奏になり、
マーラーが指示したように、音楽が「死に絶えるよう」にクライマックスへ向かっていく。
その部分で事件は起こったという。
恐らく観客の多くは、音楽に身を委ね、恍惚とした死に向かって陶酔の時を体験していたに
違いない。そこへあの「マリンバ」である…。
鳴りやまないアラーム音にマエストロが演奏を中断して、電源をオフにするよう促した。
オーケストラにとっても、観客にとっても、そして、「マリンバ」を鳴らしてしまった本人にとっても
あまりに不運なできごとだったと思う。
もし自分がそんな中でうっかりアラームを鳴らしてしまったら、
立ち直るにはそれなりの時間が必要になるだろう。
だいぶ前の話になるが、立川談志の噺を聞きに行って、やはり客席から携帯電話の音がした。
その少し前に、着信音が原因で高座から下りてしまったという事件があり、
客席にはただならぬ緊張感が走ったのを記憶している。
その時は、まくらの部分だったので、たしなめる程度で納まったが、
これが「芝浜」のクライマックスだったら、ただでは済まされなかっただろう。
音が鳴っている時、鳴っていない時、そのどちらも音楽を構成する大切な要素だ。
楽器を演奏する際に、つい、音を出すことに夢中になり、休符をきちんと休まないで
よく注意された。
パフォーミング・アートの場合は演者と観客の双方が協力して1つの音楽を体験する。
コンサートホールでは観客も表現者になるのだと思う。
演奏を中断させたという事件があった。
指揮はアラン・ギルバート、演目はマーラーの最高傑作とも言われる交響曲第9番。
その第4楽章の後半、非常にゆっくりとしたテンポで弦楽器だけの演奏になり、
マーラーが指示したように、音楽が「死に絶えるよう」にクライマックスへ向かっていく。
その部分で事件は起こったという。
恐らく観客の多くは、音楽に身を委ね、恍惚とした死に向かって陶酔の時を体験していたに
違いない。そこへあの「マリンバ」である…。
鳴りやまないアラーム音にマエストロが演奏を中断して、電源をオフにするよう促した。
オーケストラにとっても、観客にとっても、そして、「マリンバ」を鳴らしてしまった本人にとっても
あまりに不運なできごとだったと思う。
もし自分がそんな中でうっかりアラームを鳴らしてしまったら、
立ち直るにはそれなりの時間が必要になるだろう。
だいぶ前の話になるが、立川談志の噺を聞きに行って、やはり客席から携帯電話の音がした。
その少し前に、着信音が原因で高座から下りてしまったという事件があり、
客席にはただならぬ緊張感が走ったのを記憶している。
その時は、まくらの部分だったので、たしなめる程度で納まったが、
これが「芝浜」のクライマックスだったら、ただでは済まされなかっただろう。
音が鳴っている時、鳴っていない時、そのどちらも音楽を構成する大切な要素だ。
楽器を演奏する際に、つい、音を出すことに夢中になり、休符をきちんと休まないで
よく注意された。
パフォーミング・アートの場合は演者と観客の双方が協力して1つの音楽を体験する。
コンサートホールでは観客も表現者になるのだと思う。
# by addolcendo | 2012-01-17 23:32 | 音楽





